期末試験も終わり、冬休み前のこの時期から三学期にかけては食堂が混雑する。
天地学園の食堂は机が並ぶ半分は屋外のテラスになっているのだけれど、寒風吹きっさらしの秋冬にそこへ出たい生徒もいないからだ。スープだって早く冷めてしまう。
秋冬といっても学園祭前後から試験前までは、準備や何や彼やで教室で慌ただしく昼食を取る生徒も多くみられる。そうして二学期も終わり際、ほっと一息ついて食堂でのびのび…というこの時期、毎年食堂の屋内テーブルは大人気なのだった。
「そこ、空けてもらえない?」
刃友のゆかりと共に四人テーブルに掛けていた槙に相席を求めてきたのは、同級生の一人だった。「空いてる?」ではなく「空けて」なあたりが、いかにも彼女らしい。小柄で横柄、星河紅愛。
どうぞ、と勧めると、紅愛は槙に軽く礼を言った後、左手を真っ直ぐ上に高くあげてひらひらとさせた。
「なー今日混んでんなー、あ、上条おっす」
「こんにちは、月島さん」
紅愛の左手を目印に登場したのはもちろん、彼女の刃友。手持ちのプレートには、昼ご飯にプラスしてデザートの甘いモノがきっちり乗っている。隣のクラスの槙とは体育など合同授業で一緒になるので顔見知りだ。
「みのり、刀はずして」
「おっけー」
プレートを置いて腰掛ける前に、紅愛は二本の刀をまとめて自分の脇に立てかけた。椅子に掛ける時には刀をはずす生徒も多い。こんな風に混雑している日は特に。しかし紅愛のそのいかにも適当な仕草に、一緒にしてしまうと天の剣と地の剣が分からなくなるのではないか…と、見ていて槙はちらりと不安になった。少なくとも自分はしない。星奪りはいつも突然に、だ。慌てて剣を取ったらゆかりのだった、という事態は避けねばならない。
「(あ…だから無道さん達はネコをつけているのかしら?)」
槙の視線に気がついたのか、紅愛がひょいと肩をすくめた。
「食事時は鐘は鳴らないから大丈夫よ」
「え?」
「鳴ったことないでしょ」
言われてみれば…と思い返している間に、隣からゆかりが口を挟んだ。
「それは単なる経験則ですか? それとも…」
それとも、元白服である紅愛が「星奪りの内規」を知っていて言っているのか?という切り込みである。相手が上級生であろうと(それこそ会長であろうと)言うべきことは口にする、ゆかりのこうした物言いにはおっとり型の槙すら時々ハラハラしているのだが、それは当人の知らぬところである。
「それもあるし、会長見てればそう思うでしょ、あなた達でも」
最後の一言はゆかりの言外の指摘に対する遠回しな反論だ。なぜか「地」の人間はこういう話し方を好む気がする。最近の出来事では氷室瞑子や、祈紗枝が似たような話し方をしていた。
「腹が減っては…かしら? 会長も気を遣ってくれているのね」
「ああ…。そうですね、体調管理に関係しますし。万全な状態で闘え…ということでしょうか」
ちょっと考えて槙が口にした答えに、ゆかりが賛同しかけたところで、
「まさか。会長にそんな気遣いがあるなら、雨の日の星奪りはやめて欲しいわよ」
と、紅愛が一蹴する。
「あはは、でも、確かにそれはあるわね」
言いながら槙は、ゆかりの友人の静馬夕歩を思い出していた。
そうでなくても。雨の日は足場も悪い上、例え最長12分とはいえ雨に打たれれば身体も冷えてくる。動きが固くなり、怪我もしやすい。だがまあ、野球など多くのスポーツでも雨天試合はあるものであって、臨機応変の技術を磨く場でもある。
「その度に制服クリーニングに出さなきゃいけないじゃない、靴も傷むし」
ところが続けた紅愛の言い分があまりに彼女らしいものだったので、槙は忍び笑いを漏らした。人というのは本当に考え方が違うものだ。
「そうじゃなくて…」
話を戻すように、紅愛が一拍置いた。
「鐘を鳴らすのは静久だってこと」
ゆかりに目をやると、彼女も「?」という顔をしていた。急に話が飛んだ気がしたが、そうではなかった。
「食事の席に相方がいないなんて、そんな退屈を会長が許すと思う?」
誰だって、一人で食べる食事は美味しくないでしょ。そう言う紅愛の隣では、刃友のみのりが今までの会話の間一言も挟まずに昼食を口に詰め込み続けていた。
誰だって、確かにそうだ。
明日からは自分も刀を外してもっとリラックスして食事をしよう、刃友との楽しい昼食は誰しもに約束された平和な休息ということらしい。
終
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