「5」


 1から5まで数えるだけが、私の仕事だった。他にすることもなく、術もなく。

 真っ直ぐに頂上へ駆け上がった静久、そして同期のホープ玲と紗枝とは違い、私達は最初の1ランクを上げるのに相当の時間を要した。
 鐘が鳴れば、刀を携え駆けてゆく。その度、打たれ続けた。時には刀を抜く前に打たれた。
 集団の中で、一番ダメな奴は直ぐに知れる。寄って集ってその弱さを確かめる。一年経ってもDランクに留まっている上級生には、私達がさぞかし美味しそうな鴨に見えたことだろう。新入生の中でも特に小柄な私達は、二人分の星を直ぐにでも使い果たしてしまいそうだった。
 持ち星を全て失えば剣待生を追い出される。その一歩手前で、私はみのりにしばらく星奪りには参加しないことにしよう、と持ちかけた。四月五月の内は、実力者が低ランクに混じっている。奴らとまともにやり合うのは馬鹿げている。どうしようもない奴らだけが残った段階で、その中からどうにか星を頂けばいい。誰が付けていようと星一つの価値は同じなのだから。
 みのりの答えは常にYESだ。これは今も変わらない。

 天地に鐘の音が響き渡る。剣待生がバタバタと教室から出て行く。私も彼女らと同じように教室を抜け出す、但し向かう先は星奪りエリアではない、時には屋上であり、時には体育館の二階のギャラリーであり、時には校舎最上階の使われていない教室だった。手にしているのは刀ではなく、倍率の良い双眼鏡。少々値が張ったが、褒賞が出ればそれで埋まる程度の額だ。
 五つの鐘が鳴り終わるまで十二分。Dランクのヘボ共を観察する。どうにかなりそうな相手を探す。それも、みのり一人でどうにかなりそうな、正に私レベルのヘボを探す。自虐的と言うなら言えばいい、この数週間で浴びた屈辱が私を冷静にしていた。

 必要がなければ私は刀を抜かない、とみのりには言ってあった。相手の天だけを見て、私のことは一切気にするな、と指示した。そして、相手の地に打たれることも、一切気にするな、と。
 冷たい言い方だと自分でも分かっていたが、これが一番大事だった。「星奪り」の勝敗は天の星落ちのみで決まる。だが実際、二人組で行うこの競技は、地の力量奈何では天の力を何倍にもするし、逆もまたしかり。私がいるからみのりはまともに戦えない。私が打たれて地の星が落ちても、勝敗には一切関係がない。それなのにみのりは私を救おうとする。自分の方が剣の腕がいいことをみのりはきちんと知っていて、どうにか私を守ろうとする。コンビネーションが武器のペアならまだしも、足手まといの私の星を守ることに何の意味もないというのに。みのりのこのマズい癖はついに最後まで──Sランクに上がって会長に勝負を挑んだ時でさえ──直らなかった。
 相手が二人並んで刀を構える。それに向かい立つみのりは一人。私はずっと後ろに下がって、ただ見ているのみだ。
 運命を“天”に任せる…というのは、まさにこういうことか、とふと思ったこともあった。
 『一人で二人を相手にするより、一人で二つの星を守る方が難しい。』私が出した結論はそれだけだ。しかし一人で二人を相手にするのには、一対一や二対二で戦うより、忍耐がいる。相手が一人なら生まれる隙を、もう一人が補ってしまうから。それをどうにかこじあける…結果、時間がかかる。
 私達の星奪りは、いつも時間いっぱいいっぱいだった。二人分駆け回って、二人分疲れ果てて、二人分息が上がって、みのりは時の流れを忘れる。だから私がそれを数える。
 「4つ目!」と声を上げると、みのりが小さく頷く。勝負に出る。
 1から5まで数えるだけが、私の仕事だった。他にすることもなく、術もなく。

 一人で二人を相手にするこのやり方は、結果的にみのりの剣の腕を磨いた。
 私達のペアは、最大の武器「天の剣」みのりを存分に生かすことで勝ち上がってきた。みのり一人に二人の相手をさせるのが難しい時には、相手の地をどうにか離すやり方も覚えた。
 天と天、一対一。そこまで上手く持っていって、敵わなかった相手は会長だけだ。たった一瞬、それでは足りなかった。

 再び戻ったDランク、相変わらず私はヘボのままで、刀を抜かないままで、みのりの背中を見ている。地鳴りのように低い鐘の音が天地に響く。
 「くれあー、今の鐘いくつ目?」
 逃げそびれた中等科生の肩に刀を叩き込んで、みのりが振り向きもせずに聞いてくる。
 「3つ目!」
 「んじゃー、もいっこ行ってくる!」
 駆け出すみのりの速さには追いつけない。私はのんびりとその後を追う。
 あと2つ、鐘が鳴るまで、幾つ星を取れるか。
 あと2つ、歳を取るまで、どこまでいけるか。私は、5つの鐘の音を数え続ける。

 仰ぎ見る鐘の傍らに、白い布きれがひらひらしていた。