昼食時のテラス。
丸いテーブルを囲む三人。玲、紗枝、みのり。
テーブルには、広げられたレース布、そして上には一口大のチョコレートの数々。
口にそれを二ついっぺんに放り込んだみのりが、相方がやってくるのに最初に気付いた。
みのり 「くれあーこっちだよー」
ぶんぶん、と手を振るみのりと、机の上を見比べて紅愛が不審そうな顔をする。
紅愛 「これどうしたの?」
みのり 「んあ? あ、これな、会長がくれた」
その一言で、玲と紗枝が口に入れていたものを吹きそうになる。
玲 「んっ、がほっ!
な、んだよ、これ紅愛が持たせたものじゃねーのか!?」
紗枝 「…おかしな味はしなかったけど…」
青ざめる二人。紅愛がため息をつく。
紅愛 「みのり……。
人から貰った物を簡単に口に入れないって約束したでしょ?」
机の上のレース布を包み直して、みのりの手の届かない場所によける。
みのり 「だって会長が」
紅愛 「だめ、これは処分」
みのり 「『もらいものだけどよかったらみなさんでめしあがって』
…ってくれたから」
紅愛 「だめ」
手を伸ばすみのりを押しとどめながら、紅愛はきつく告げる。
玲 「あーなー紅愛、でもそれ結構美味いぜ、大丈夫だろ」
紅愛 「玲、みのりが惜しがるからそういう事言わないで。
もう、私が捨ててくるわよ」
みのり 「あ―――――、くれあ――――」
紅愛 「紗枝、みのりを押さえておいてね」
紅愛は包みを取り上げると、さっさとゴミ箱の方へと行ってしまう。
みのり 「うあ―――――」
紗枝 「あれ、会長がくれたものだったのね、どおりで高級そうなわけだわ」
玲 「しかしみのりお前、ひつぎと仲いいのか? 変なの」
みのり 「んお? なんで?」
玲 「おま…対戦したときあいつが紅愛に何したのか忘れたのかよ…」
みのり 「んー、んでもな、会長は紅愛好きって言ったから、いいやつ」
玲 「は? なんだそれ」
紗枝 「むしろ逆じゃないの?
紅愛が会長のお気に入りになっちゃってもいいの? みのりは」
みのり 「?」
みのりは玲と紗枝が何を言っているのか、よく分からないという顔をした。
みのり 「だってな、会長は紅愛好きって、言ったから」
玲 「いや、それは聞いた」
みのり 「んー、…んとなー、玲は、首輪好きだろ」
玲 「はぁ!? 好きじゃねーてか、首輪じゃねー指差すな!」
みのり 「そんで、首輪好きなやつがいたら
友達になりてーとか、思うだろ?」
玲 「だから首輪ゆーなっつ…」
紗枝 「…成る程、そーゆー理屈なわけね」
玲 「んだよ、納得してんじゃねー、紗枝」
みのり 「紅愛はなー、すっげー可愛くて、すっげー優しくて…
すっげーいいやつなのに」
そこで言葉をとぎれさせたみのりの表情に、玲と紗枝には続く言葉の予測がついた。
みのり 「…みんな、紅愛のことは好きじゃねーって、言うんだ…」
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それは、仕方のないことだろう。
星河紅愛が姑息な手段を使うことは、根も葉もついた上で剣待生のほとんどが知っている。ハメられた当人はもちろん、誰も彼も、弱みを握られるのを避けて、紅愛には近寄らない。
そうした剣待生の動向は一般生徒にも飛び火する。
一人、爪の手入れに精を出す紅愛は、要は自由な時間を持て余しているとも言えた。
休み時間だとて、誰も、わざわざ紅愛に声を掛けてきたりはしないのだから。
例え面倒が嫌いな紅愛本人がその状況を受け入れていたとしても、素直なみのりは、自分の一番大事な刃友が周りから疎んじられているのを見るのが辛かったのだろう。
半端にしか物をみない人間からは、何故あんな刃友と組まされているのかと、みのりは被害者のような扱いを受けることすらあった。
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みのり 「会長は、紅愛のこと、同類だし、愛おしいってゆったから。
…『好き』って、ゆーからな。あたしは会長の事、嫌いじゃねー」
少し遠くを見るような目で、みのりははっきりと言い切った。
玲 「前から思ってたけどな、
お前と紅愛って、どっちが保護者なのかわかんねーよな」
紗枝 「…言えてる。
妬いたりしないのね、みのりはそういうところむしろ大人なのかも」
玲 「嫉妬は高等な感情ともいうけどな」
みのり 「?」
紗枝 「会長に紅愛を取られやしないか、不安じゃないの? って話よ」
みのり 「なんで? 紅愛の刃友はあたしだし、会長の刃友は静久だし」
玲 「…やっぱ微妙だな、お前。どこまで分かってんのかね」
紗枝 「心配してないんでしょ、結局は半分惚気よ」
玲 「へーへー」
手ぶらになった紅愛が校舎の方から戻ってくる。
玲、紗枝、そしてみのりの三人がだまってじっとこちらを見ているので不思議そうな顔をしていた。
玲 「みのり」
みのり 「んお?」
玲 「あたしは、紅愛のこと、嫌いじゃねーぜ」
紗枝 「私もよ」
紅愛 「はぁ!? 何言ってんの、あんたら」
みのり 「うん、あたしも、紗枝と玲は好きだー」
紅愛 「えええええ!?」
白服二人と黒服二人。
紅愛 「ちょっと、やっぱりあのお菓子、何か入ってたんじゃないの?」
笑いの中に訝しがる少女が一人。
君の本当を知らない誰もが、君のことを。嫌おうと、疎んじていようと。
終
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